Friday, 13 July 2012

ゾンビの季節

中学の時にバタリアンというパンクなゾンビ映画にそうれはもうハマった
他のゾンビ映画と違って、動く死体たちの動きが速かったし
何より水爆を落として終わりというなんともトラッシーなエンディングが
莫迦さかげんのバロメーターを振り切っていた

そういえば生まれて初めて書いた曲も死体が人の脳みそを喰べる時についての歌だった
主人公達の友情と、絶望的な状況のミックスが生むアドレナリンが
思春期の心臓にはよく響いた
それに高校生のときの季節はいつも走る死体から逃げる行為をしてみたいと
心の奥底で願っていた

それでサントラのCDも壊れるくらい聴いた
そこに13thflooreエレーヴェーターのrocky ericksonや、ダムド、grave 45、jet black berriesなどの呪われたようなパーティチューンが入っていたのもカンペ木だった






2010年の春にサウスバイサウスのフェスで演奏しにいった時に
ロッキーエリクソンの演奏をみた
3時間近くも待って、でてきて演奏したのはたったの2曲
しかもギターのコードというコードを間違いて弾いていた
過去にアシッドをとり過ぎてもうだいぶ
戻って来れていないのは悲しい事実


昔好きだった「昨日の夜ゾンビと一緒に あるいた」という曲のライヴ映像
偶然、友達のファービオが最前列でうつっている

Saturday, 7 July 2012

メカニカル スマイル

昨日は餃子パーティだった
友達が来てくれて嬉しかった

メカニカル スマイルという新しい曲
3ヶ月前にかきはじめたのに
まだ完成しない
今朝起きた時
もしかして
このまま一生完成させないでおこうと思った


前にテレーザとかいたdriving overflowという曲の別ヴァージョンがでてきた。
廃墟の横で録音したせいか、コンクリートの香りがする。


 

Friday, 6 July 2012

浮世絵のささやき

レコーディングの録りが終わった
深夜録りの思考力は魚並み
けど乗ったボートはまだ旅路の3分の一


探している浮世絵
レストランに居る時に誰かがグラスやお皿を落とす時にでるぞくぞくする音
誰だって、どんなに会話や食事に熱中していても、この破壊音をきくと一瞬凍り付く
静まり返った後は、自分自身と確認し合う様に、もとの世界に戻ってくる

気づかない浮世絵
まるで、ミュータントな竜巻をつくった
マイケルジャクソンがあまりにも純潔なコメントを
メディアの目の前でしてしまい、鏡のそとの世界はついてこれなかった

常にある浮世絵
親指がどんどん大きくなって
押す予定だったスイッチが押せなくなって
つじつまがあわなくなったうえに
低い声で、左の顳顬のさらに左から声がする
間接がずれて、身の置き所がなくなった






下山(ゲザン)は我が日イヅル國のバンド、
日本の地下から抜出せない高円寺ヴィンセントギャロ達の気質とは違う。
オリンピックの開会式で演奏するべきグループサウンズ

Thursday, 5 July 2012

部屋の角のメロディ

今夜はレコーディング
最後の録り
いいものが地球の上に残せる様に
アドレナリンとドーパミンにだけ頼らない
8つの風に流されない録音
それは9しきにいってまた7しきに戻ってきてできたような音階
もういっかいなげた変化球が一つの冗談にみえるようなメロディ

明日は去年この地球からさらっと居なくなった友達が
完成させようとしていたアルバムのミックス前の音源をとりにいく

でももう家にいない家にいくのは不思議な感じ
そんなに嫌なことはこの世にないとおもっていたけど
デミアンにでてくるような輪郭のない気持ち
けど、奴がもし電話にでれたら「たのむわー」っていうに違いないから
絶対に完成させる
そしてリリースして
演奏もして怪我して
名前を変えてボートにのるぞ


Tuesday, 3 July 2012

車輪にまたがる子供たち

テートモダンでムンク展がやっている
14ポンドもするので手がまったく届かない

あきらめて昨日の午後
ひとりで近所の墓地を歩いた
サングラスをかけていたことをわすれて
外したら
ものすごいきれいな分子の世界

自由な子供たち
自転車にのる子供は果てもなく自由

昼間の中の夢
黒い羊が川を渡る様に
ロバートダウニーJr.が垂直跳びをした
夢を見る前に
人を②人たすけをして
自分の心を とりもどす

サリサリのミュータントな誕生日ケーキ
ケーキに火をともしたその瞬間



ケーキに火がついたその瞬間、
青が突然、ほんとうの青になって
みんなの笑顔が町のありとあらゆる暗闇に散らばった
そのおかげで
近所の犬が吠えだした

ドミニックがインターネットの道ばたでいっていたこと:
ファンタジーが終わった頃 、子供達もみんないなくなった
俺はすこし草をたべて、すこしバッタもたべたけど、自分の手をつかって
涙をふいた

               ベルリンの魔貫光殺砲


おれのことを忘れたのか
電話が己の電波を見失っている
ひとこともしゃべらなくても
ちゃんとわかっている
うしろにおいていかれたのか

電車にのりおくれたあの禿げた男に
よろしくサンライズ



                                          フュージョンフェスティヴァルのひとたち
ゴーチームのステージがところに群がるひとたち  なんども目があった

ほんとうのことはなかなかみえない

9つの難病克服した10歳の男の子がつぶやいた「奇跡の言葉」

6月25日(月)7時34分配信

「病気で生まれてきたから、ぼくはいろいろな体験ができる。ママもいろいろな体験ができる。だからママは喜んでいいよ」

大人びた口調で話す、りお君こと印鑰理生君(いんやくりおくん・10)を母の紀子さん(40)はやさしく見守っている。りお君は、’01年東京で、不整脈 が原因で34週目に緊急帝王切開で誕生した。4種類の不整脈、慢性肺疾患、重症ぜんそく、気胸などを含め、9つの難病を患い過酷な治療を受けながら生きて きた。紀子さんはこう振りかえる。

「私は『ちゃんと産んであげられなかった』と自分を責め続けていました。でもりおは、どれほどつらい治療や痛みにも、ひとしきり泣くとそのあとは『ハッ ピー』と笑みを浮かべるんです。そんなりおと生きるうち、『ごめんね』と思い続けるのは息子に対して失礼なことだと気付いたんです」

そして紀子さんは、りお君の不思議な”りお語”に気づくことになる。

「4歳のころ、英語のビデオを見るのが好きだったりおに『英語好きだね?』と聞くと、『ぼくはここに来る前、お空の上にいたよ。アメリカもここも同じお空 でしょ』と、いきなり生まれる前のことを話しはじめたので驚きました。それ以来、神さまのこと、病気のこと、心について不思議なことを片言で話しはじめた のです。最初は、闘病日記に服薬・発作状況など記録の延長で、りおの言葉を書き留めました」

そして今年5月、9歳までの、りお君の言葉を綴った『自分をえらんで生まれてきたよ』(サンマーク出版刊)が出版され話題を呼んでいる。本のタイトルも、りお君自らが決めた。原稿を見直して修正も行ったという。

《ぼくは、病気を選んで、
生まれてきた。
希望をもって、
生まれてきた。
心を感じることで、
勇気がでる。
それがつまり、
希望のことなんだ》

Sunday, 1 July 2012

気絶したトレロカモミロ

昨日、一昨日とベルリンにいってきて、フュージョンフェスティヴァルとういうフェスティヴァルでゴーチームのギターを演奏してきた
ヒッピーが主催しているらしく、まさにカオス
元空軍の基地を改造したところで主催されていて
独特の雰囲気
ゴー君とシゲ君のデヴィルマンも一日前に演奏していたみたい
けど入れ違って会えなかった

殆ど寝ていなかったので今朝帰って来て、気絶

あ”ーーーと鳥の叫び声が鳴り続ける様な怒濤の二日間から急に静かになって
耳のところでキーンと静かな無音が鳴っている

ここ数日
去年ローマの友達のところで過ごした夏の記憶と
子供のころロングアイランドのポートジェファーソンの波止場で
ウナギやサメを釣った虹んだ記憶が混ざって瞼に鏤められて、ぼやーっとする



グールドのオルガンの唯一残っているレコードを何時間もきいている
数年ぶりにきいていて気づいた
やっぱり奴は気がふれていたことなんてまったくなくて
もともとバッハはそう弾くもんなんだとおもう
きっと現代に生きていたらあーそれそれ、それよっていうに違いない
楽譜には込められなかった何かを感じて
演奏に込められかったらやる意味がまったくない